スカイライン博物館のページ

長野県岡谷市の山の中に佇む プリンス&スカイラインミュージアムには、32GT-R#1号車や34GT-R開発の為に魔改造をした33GT-Rに始まり、初代GT-Rやスカイライン、関わるエンジン等を展示しています。

長野県岡谷市字内山4769-14 鳥居平やまびこ公園内
 

MAP
 
名称 スカイライン1500デラックス
製造年 1963
諸元 このモデルは、先代の高級路線をグロリアに譲り、1,500ccクラスの量販市場向けに開発された小型ファミリーセダンである。G1型1.5L OHVエンジンを搭載し、モノコック構造のボディは4ドアセダンとステーションワゴン(W50A-1型)、バン(V51A-1型)を展開した。旧スカイウェイの名も継承され、欧米で進むメンテナンスフリー化に対応し、4万kmまたは2年保証の封印エンジンや、1年間3万km無給油シャシーなど革新的な技術が注目を集めた。
 
名称 スカイラインバン C10
製造年 1965
諸元 C10型スカイラインバン(通称ハコスカ)をベースにした業務用車両で、主にディーラーや整備拠点でのロードサービスや出張整備に使用されていました。赤白ツートンの塗装や「ニッサンサービスカー」のロゴが特徴で、企業イメージの統一にも貢献していました。
名称 スカイライン 1500DX S57D
製造年 1967
諸元 1967年に登場したS57D型スカイラインは、2代目スカイラインの最終モデルであり、エンジンがOHVのG1型からSOHCのG15型へ進化し、出力も70psから88psへ向上した。しかし、翌年には3代目スカイラインが登場したため、S57D型はわずか1年間の販売で終了。後にその希少性が高く評価される存在となった。
 
名称 中島知久平(なかじま ちくへい)
製造元 群馬県
製造年 1884
諸元 1917年に「中島飛行機研究所」を設立、日本初の民間航空機メーカーを創業した。戦後は富士精密工業 → プリンス自動車 → 日産自動車へと技術が継承、自動車産業の礎を築いた技術者の一人です。村山工場は、中島飛行機 → 富士精密 → プリンス → 日産と変遷した歴史的な製造拠点であり、スカイラインやグロリアなどの名車がここで生産されました。
 
名称 スカイラインGT-R BNR32
製造年 1989
諸元 1989年、日産は8代目スカイライン(R32)を発表し、同年8月に16年ぶりとなるGT‑Rを復活させた。R32 GT‑Rはオーストラリアのレースで他メーカーを圧倒したことから、海外で「ゴジラ」と呼ばれるようになった。このモデルは日産の技術目標「901運動」(1990年代までに技術力で世界一を目指す)の集大成として開発され、専用設計のRB26DETTエンジン、電子制御4WD ATTESA E‑TS、4輪操舵 Super HICAS など当時最先端の技術を搭載。外観も標準GT系とは異なり、ワイドフェンダー、アルミ製ボンネット&フェンダー、専用バンパー、専用リアウイング、16インチ鍛造ホイールなどが装備されていた。
 
名称 スカイラインGT-R BNR34
製造年 2000
諸元 BNR34 GT‑R VスペックIIは、R34の中でも“走りの頂点”を追求したグレードです。カーボンボンネット、アドバンスドエアロ、ATTESA E‑TS PROなど、当時の技術を惜しみなく投入した完成度の高いモデルです。
 
名称 スカイライン R32 BNR32
製造年 1989
諸元 日産とは全く接点が無いOTX社(ソフトウェア会社)が縁あって入手した車両。数々の耐久レースに参加た名車であり、実は車体番号1番という、世の中出たにR32 GTRの一番最初の生産者です。1997年、1998年 OTXの名のもとでレース参戦した筑波サーキットの夏の祭典、9時間耐久ナイターレースで総合3位、そして翌年には優勝しました。
 
名称 スカイライン R32 GT-R
製造年 1990
諸元 1990年代の全日本ツーリングカー選手権(JTC)Gr.Aクラスで活躍した「TRAMPIO R32 GT-R」です。ゼッケン「11」、ZippoやBP、TRAMPIOなどのスポンサーが貼られたこの車両は、当時のレースシーンを象徴する一台です。
 
名称 スカイライン R33 GT-R
製造年 1995
諸元 BCNR33型は、1995年に登場した第2世代GT-Rの中核モデルです。前モデルR32の性能をさらに洗練させた“グランドツーリング・レーサー”であり、電子制御4WD「ATTESA E-TS Pro」やアクティブLSDを搭載し、サーキットから公道まで高い安定性と加速性能を誇ります。
 
名称 スカイライン2000ターボRS
製造年 1982
諸元 FJ20Eにターボを装着、最高出力が150psから190psに向上したFJ20ETを積んだモデルが、“史上最強のスカイライン”の看板を掲げて1983年2月に登場した2000ターボRSである。最高出力205ps/6400rpm、最大トルク25.0kgm/4400rpmを発生する2000ターボ インタークーラーRS/RS-X(通称ターボC)に発展。半年サイクルのバージョンアップはオーナー泣かせだったが、グロス表示とはいえ、リッターあたり100psを突破したモデルは、360cc時代の軽乗用車やロータリーエンジン搭載車を除いては日本初だった。
 
名称 R33 スカイライン ARTA F1 Project
製造年 1999
諸元 ARTA(AUTOBACS Racing Team Aguri)のブランド力と技術力を示すために製作されたショーカー兼デモカーであり、F1プロジェクトの一環として開発された象徴的なモデルです。市販車の枠を超えたスペックとデザインで、当時のGT-Rファンやチューニング業界に大きなインパクトを与えました。
 
名称 スカイラインGT-R KPGC10
製造年 1972
諸元 VICTORY 50仕様のハコスカで、旧車専門ショップ「Victory 50」が手がけたレース仕様のモデルです。ゼッケン21番、MobilやSTPなどのスポンサーが貼られており、JCCA(日本クラシックカー協会)レースなどで活躍していました。この場所だけでなく、展示会やレースで見かけることがあり、旧車ファンにとっては憧れの存在です。
 
名称 スカイライン2000ターボRS
製造年 1983
諸元 スカイライン2000ターボRS(R30)は、1980年代前半の日産を象徴するスカイラインとして誕生しました。FJ20型DOHCターボエンジンを搭載し、西部警察での活躍や“鉄仮面”の愛称で知られる写真の後期型など、今なお強い人気を誇ります。
 
名称 スカイライン2000RS-X
製造年 1983
諸元 当時、「史上最強のスカイライン」と宣伝されるほどの高性能を発揮した後期型でインタークーラーを追加した“ターボC”仕様。通称、“鉄仮面”フェイスは1983年のマイナーチェンジで行われました。グリルレスと薄型ヘッドライト という独特のフロントマスクに変更され、鉄仮面(Iron Mask)の愛称で呼ばれるようになりました。RS‑X専用の豪華装備は上級グレードとして、8ウェイ電動マルチバケットシート、パワーステアリング、パワーウインドウ、カセット付きラジオ、専用内装が設定されました。
 
名称 スカイライン2000GT-E・L
製造年 1980
諸元 5代目スカイラインC210型。1977年に登場し、シャープなデザインや水平指針メーターが特徴でした。翌年のC211型では厳しい53年排ガス規制に対応したNAPS仕様となり、1979年のマイナーチェンジではGT系の角形2灯ヘッドランプが話題に。排ガス規制の影響でこの世代にはGT-Rが存在せず、復活は1989年の8代目まで待つことになります。
 
名称 スカイライン2000ターボGT-ES
製造年 1984
諸元 R30スカイライン4ドアのGT・Sタイプ最上級「ポールニューマンバージョン」は、セダンとハードトップの両方に設定された特別仕様車です。後期型ではドアミラーが標準化され、8ウェイ電動マルチバケットシートはRS系Xタイプと同等の装備を採用。ただしシート生地や柄は、このバージョン専用の特別仕様となっていました。